「江戸仕草」は人と人とが衝突しないためのマナー、争わないための作法。相手を思いやる気持ち、心が動作に表れた作法。日常マナーの中にある身体技法が興味深いです。
傘かしげ=雨や雪の日、互いに濡れないように、傘を人のいない外側にすっと傾げてすれ違うしぐさ。江戸しぐさの中でも特に認知の高い往来しぐさです。
一、雨の中をすれ違うとき、
二、お互いにスッと傘を傾げ
三、濡らさない心づかいを
自分勝手に考えないで、相手を感じて動く。仕草や技、動作のきっかけは感情が発端になってる。「どう動こう?」「何をしよう?」と考えなくても、相手とぶつからない気持ちでいることで、適切なタイミングで適切な対応をとる。
相手の攻撃を避けようと思うと、ガードする手に気持ちが集中、体がガチガチになってしまう。怖い、負けたくない。相手の力に対抗、抵抗しようと筋肉に力が入って体が硬直する。「何かしなくては」と気負いすぎて、必要以上に相手を怖がっている。
防御するときの気持ちは、通りで人とすれ違うような感じでいた方がよいのかもしれないですね。道を譲る気持ちがないと正面衝突してしまう。力と力、気持ちと気持ちがぶつかってしまう。
雨の日に傘を斜めにしてすれ違う「傘かしげ」の動作。相手の脇をすれ違う感覚は、「相抜け」と呼ばれる境地に近いのかも。「相抜け」は剣術の技法で、相手を斬らず、相手に斬られずにすれ違うというもの。刀の刃が相手に当たらないようにすれ違う姿は、傘かしげと同じなのかも。
武器を持っていなくても、見えない傘をイメージして、傾けるように体を動かす。地面を蹴ることなく、踏み込みで居着くことなく、相手の攻撃とすれ違える。
ポイントなのは、「すれ違う動作」よりも「相手とぶつからない気持ち」ということでしょうか。何かしようと相手に意識を向けすぎる、相手を見すぎてしまうと、互いが道を譲り合って逆に通せんぼ。相手を受け入れる、許す心が、技の質を変える、段階が違う技になるヒントなのかも。
越川禮子, 林田明大